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山形地方裁判所 昭和42年(行ウ)4号 判決

原告 株式会社鉄興社

被告 山形市長

訴訟代理人 光広龍夫 外五名

主文

一、被告が昭和四二年四月一四日原告に対してなした、電気ガス税、昭和三九年度分七〇一万九、一六九円、昭和四〇年度分一九八万四、一六七円の各賦課決定を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告において

主文同旨の判決。

二、被告において

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の事実上の主張

一、請求原因(予備的請求原因を含む)

(一)  被告は、昭和四二年四月一日原告に対し、原告がその山形工場において金属マンガン(電解法によるもの、以下同じ)を製造するために使用する電気についての電気ガス税として、昭和三九年度分(昭九三九年四月一日ないし昭和四〇年二月二八日)七〇一万九、一六七円、昭和四〇年度分(昭和四〇年三月一日ないし同年五月三一日)一九八万四、一六七円(合計九〇〇万三、三三六円)をそれぞれ賦課決定(以下単に本件賦課と略称する)した。

(二)  原告は昭和四二年五月一一日被告に対し本件賦課に対し、異議申立をしたところ、被告は同年六月五日右申立を棄却する旨の決定をなし、その決定書謄本を同月七日原告に送達した。

(三)  本件賦課は次の理由により違法である。

1 金属マンガンは地方税法(昭和四〇年三月三一日法律第三五号による改正前・以下特に断らない限り同じ)四八九条一項二号の合金鉄に該当し、非課税物件である。

2 仮に右の合金鉄に該当しないとしても、本件賦課は禁反言の法理又は信義則に違反する。(予備的請求原因)

(1)  所謂禁反言すなわち自己の過去の言動に反する主張をすることにより、その言動を信頼した相手方の利益を害することは許されないとの法理は、税法の分野においても適用されると解すべきである。もつとも税法の分野においては厳格な法律の遵守が要請されることに鑑み、右法理の適用は私法分野に比しより厳格でなければならないが、租税法規が著るしく複雑かつ専門化した現在においては、国民が善良な市民として混乱なく適法に社会経済生活を営むためには、租税法規の解釈適用に関する通達等の事実上の行政作用を信頼し、これを前提として行動せざるを得ない実情のもとにおいて、事実上の行政作用を信頼して行動した者にとつては何ら責められるべき事由がないから、禁反言の法理を適用すべきが当然である。

(2) イ 原告はその山形工場において昭和二七年八月より金属マンガンの製造を開始したが、以来金属マンガンは地方税法上の合金鉄に該当し、所謂非課税品目であると考え、被告に対し、金属マンガン製造のために使用した電気を、非課税対象として申告し、これに対し被告は何らの異議もさしはさまず、本件賦課まで右申告を容認した。

ロ 電気ガス税は、製品コスト中電気料金が五%以上を占めている重要産業の製品を基準として非課税とされているものであるところ、金属マンガンは製品コストに占める電気料金が二〇%を超えることや同種製品が合金鉄に該合するものとして非課税とされていることから原告においてイの如く非課税物件であると判断したことは当然である。

(3)  右(2) によれば本件賦課については、右(1) の要件を具備していることが明らかであるから、禁反言の法理が適用される。

(4)  なお禁反言の法理の適用により、結果的に課税物件に対し非課税の取扱をなすことになり、一応租税法律主義の原則に反することとなるが、それは右主義の形式的適用により、原告に招来される損害を阻止するという具体的妥当性を図る見地からやむをえないものというべきである。

(四)  よつて本件賦課の取消を求める。

二、答弁

請求原因事実に対し

(一)  その(一)は認。

(二)  その(二)は認。

(三)  その(三)につき、

1 その1は否認。

2 その2(2) イは認。

3 その2(2) ロは否認。

4 その2(3) は否認。

5(1)  一般に、禁反言の法理はその適用の結果違法な状態が招来される場合にはその適用が否定されると解すべきであり、仮に本件につき、その適用があるとしても禁反言の法理が適用される場合「表示」とは事実の表示であることを要し、単なる意見又は意向の表示では足らないと解すべきである。

(2) イ、本件賦課は租税に関する公法行為であり、租税法律主義の原則が適用される典型的な羈束行為であるから非課税に取扱つたことが誤まりであると認識すれば、直ちに課税すべき義務があり、又非課税物件でないものを非課税に取扱うことは違法である。従つて斯様な法律関係においては禁反言則を適用すべきでない。

ロ、かりにその適用があるとしても、被告は原告に対し金属マンガンが非課税物件である旨告知したことはなく、たまたま、被告の係員の税法解釈の誤りに起因して賦課されなかつたにすぎないのである。従つて被告は禁反言則にいう表示をなしたものではないから、その適用がない。

ハ、原告が非課税扱いによつて受けた利益と、その非課税を撤回することにより被告が受ける利益とを比較考量するに、前者は私人の利益で、本来納税義務があるのを、たまたま被告係員の誤解により納税しなくともよいとの期待を持つに至つたに過ぎないのに対し、後者は、公益で租税法律主義の原則に基づき、法律により徴収を義務づけられたものであるから、明らかに後者のそれが大であり、従つてこれを採用することがより正義に合致することとなり、この点からも右の法理は適用されない。

三、抗弁

金属マンガンは次の理由により地方税法四八九条一項二号の合金鉄に該当しないから非課税品目ではなく、本件賦課は適法である。但し金属マンガン(電解法によるものに限る以下同じ)は、昭和四〇年六月一日以降は地方税法の改正及び関係法令により非課税物件となつた。

(一)  金属学上の定義

1 金属学上金属材料は純金属と合金に区別されるところ、前者は単一金属元素より成り、後者は一つの金属元素を母金属とし、これに一つ又は二つ以上の金属又は非金属を互に融合混和させたものである。

2 合金鉄とは、鉄に鉄以外の元素を多量に加えた合金である。

3 金属マンガンは単一金属元素より成る純金属であり合金である合金鉄には包含されない。

(二)  地方税法の法文の構造

1(1)  地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)四八九条一項二号は合金鉄を電気ガス税のいわゆる永久非課税品目に指定した。

(2)  同法が昭和四〇年三月三一日法律第三五号により改正された際、同法四八九条一項二号により合金鉄はそのまま永久非課税品目とされたが、金属マンガンは同条二項五号によつていわゆる三年間の期間限定非課税品目に指定された。

(3)  同法が昭和四三年三月三〇日法律第四号により改正された際、合金鉄は同法四八九条一項二号により金属マンガンは同条同項九号の四によりいずれもいわゆる永久非課税品目に指定された。

2 右1(2) (3) の立法によれば、合金鉄が金属マンガンを包含していないことが明白であり、従つて右1(1) の立法においても同様の趣旨であると解すべきである。

(三)  金属マンガンの製造開始の時期

わが国における、金属マンガンの生産は、戦前よりなされていたが、戦後一時中断され、昭和二六年一二月新潟県の訴外中央電気工業株式会社(以下訴外中央電工という)田口工場、昭和二七年八月原告山形工場で再開されたもので、右(二)1(1) の昭和二五年地方税法が施行当時は製造されていなかつたから、非課税措置が講ぜられるはずがない。

(四)  三年間の期間限定非課税措置立法の経緯

通産省鉱山局が、鉱業界の要望に基づき昭和三七年以降毎年自治省税務局に対し金属マンガンの非課税立法の要望をした結果右(二)1(2) の昭和四〇年の非課税立法が成立したもので右立法前は金属マンガンが課税品目であつたことは鉱業界自ら認めていたことである。

(五)  関税定率法、日本標準商品分類上の定義

1(1)  関税定率法別表関税率表(昭和四一年法律第三七号による改正されたもの)第七三類鉄鋼及びその製品欄注1(C)は次のように規定する。

即ち、「フエロアロイ」とは、実用上圧延又は鍛造に適しない鉄合金で通常鉄鋼の製造に用いるもののうち、次に掲げる元素のいずれか一つの含有量が重量比で、それぞれ次に掲げる割合をこえ、鉄以外の合金元素の含有量の合計が全重量の九〇%(マンガンを含有し、かつけい素を含有しないものにあつては九二%とし、けい素を含有するものにあつては九六%とする。)以下のものをいう。

けい素 八%

マンガン 三〇%

クロム 三〇%

タングステン 四〇%

アルミニウム、チタン、バナジウム、モリブデン、ニオブ、その他の合金元素(銅を除く)合計一〇%

(2)  金属マンガンは日本工業規格によれば、炭素〇・〇一%以下、けい素〇・〇一%以下、燐〇・〇一%以下、硫黄〇・〇四%以下、鉄〇・〇一%以下、マンガンは残部九九・九二%以上の成分を有するから、関税定率法上は金属マンガンはフエロアロイには該当せず、同表八一類卑金属マンガンに分類される。ちなみにフエロマンガンは同表上「フエロアロイ」に分類される。

(3)  関税定率法も地方税法もいわゆる税法に属するところ同一法体系のもとでは特別の理由のない限り、同一の法律用語は同一意義に解するのが相当であるから地方税法上も金属マンガンはフエロアロイに該当せず、従つて合金鉄に該当しない。

2 行政管理庁設置法第二条六号の規定に基づいて行政管理庁が制定した日本標準商品分類は金属マンガンを金属ケイ素、金属クロム等と共にフエロアロイ類似品に分類し、フエロアロイには分類していない(フエロマンガンシリコマンガン、スピーゲル等はフエロアロイに分類されている。)

(六)  日本工業規格及び地方税質疑応答集について

1 日本工業規格は、金属マンガンをフエロアロイに分類しているが、同規格は金属材料の工業上の取扱に際し、ロツトの作り方、品質、試験及び検査、表示の規格等については当然尊重されなければならないがその分類は絶対的なものではなく、税法上は別個の観点から考察して差支えない。

2 財団法人地方財務協会発行自治省税務局編地方税質疑応答集には、金属マンガンが地方税法四八九条一項二号の合金鉄に該当する旨の記載があるが、これは税務局の責任者の決裁を経由したものではなく、雑誌「地方税」に発表された個人的見解を項目別に整理して登載したものに過ぎないから、それは自治省の責任のある文書ではない。

四、抗弁に対する答弁

抗弁欄冒頭記載の事実は否認(但し昭和四〇年六月一日以降非課税とされたことは認)。金属マンガンは次の理由により地方税法四八九条一項二号の合金鉄に該当すると解すべきである。

(一)  地方税法四八九条一項二号の立法趣旨

1 地方税法四八九条一項二号は、国民生活において重要な基礎資材である鉄鋼及びその原料について電気ガス税を非課税とすることにより、コストを引き下げ、もつて国民経済の利益を図る趣旨によるのであり、同号に合金鉄が掲記されているのは、合金鉄が脱酸、脱硫及び合金成分添加等の目的のため鉄鋼原料として不可欠であり、かつ生産費に占める電気料金の割合が高いからである。

2 金属マンガンは製鋼のための脱酸、脱硫及び合金成分添加のために使用され、製造原価に占める電力料金は二〇%を超えている。

3 金属マンガンは、右2の用途と同一であり、かつ、同号の合金鉄に包含されることの明白である、フエロマンガン(JISC二三〇一)の不純物の極少なものと解することもできる。

4 右1ないし3によると、金属マンガンは本号にいう合金鉄に含まれると解すべきである。

(二)  金属学上の定義に関する被告の主張について

1 金属学上の金属マンガンの定義は自然科学上のものであり、これが右(一)の法条の合金鉄に該当するか否かは法律解釈の問題であるから、右の定義は税法解釈の根拠とはならない。

2 合金鉄という用語につき

(1)  右(一)の法条は合金鉄なる用語を使用しているが、鉄分を相当量含んでいなければならないものではなく、合金鉄なる用語は、単にその沿革を示すに止まるものである。

(2) イ 合金鉄(この英語がフエロアロイであり、フエロは鉄、アロイは合金を意味する。

以下合金鉄とフエロアロイを適宜使い分ける。)は製造開始の頃は溶鉱炉によつて製造されたため、鉄分の含有量が多く、その鉄分を多量に含有するという事実に基づき合金鉄と呼称されたものと考えられる。

ロ しかして合金鉄は製鋼のための脱酸、脱硫剤として、また合金成分添加剤として使用されているものであるがその目的のためには合金鉄中のマンガンやクロムやシリコン等が必要であり、鉄分は本来不必要なのであるが、製鋼のため使用されるのであるから、鉄分は有害でもなく、また鉄分を除去するためには更に工程を必要とし、そのためコストが高くなるので鉄分を含んだまま使用されていた。

ハ しかし高級特殊鋼の製造のため使用する場合には、鉄分の存在が支障になるので、鉄分を除去する必要があつたところ、電解法その他技術の進歩により鉄分の含有量の少ない合金鉄が製造されるようになつたもので、金属マンガンもその一つである。

ニ 従つて金属マンガンは合金鉄のうち、鉄分の含有量が少ない純度の高いものということができる。

(3)  日本工業規格では鉄分を殆んど含まない本件の金属マンガンは勿論、金属クロム、金属ケイ素、カルシウムシリコンをフエロアロイに分類している。

(4)  従つて金属マンガンが鉄分をほとんど含有しないことは金属マンガンが本号の合金鉄に含まれると解することの支障とはならない。

(三)  地方税法の法文の構造に関する被告の主張について

金属マンガンのメーカーは、わが国には右三(三)の訴外中央電工と原告会社の二社しかなく、かつ二社共その製造に関し昭和四〇年以前非課税であつたところ、昭和四〇年の期間限定非課税措置は、立法ないし法案作成当局が右の事情を知らないまま、調査もせず、金属マンガンは課税対象の物件であるとの誤解に基づきなされたものである。しかし立法がなされた以上、金属マンガンは昭和四〇年から三年間期間限定の非課税物件と考えざるを得ないが、逆にこの立法を根拠にして、被告主張のように金属マンガンは、昭和四〇年以降始めて期間限定非課税物件となつたものであつて、それ以前は課税物件であると解釈することは当らない。

(四)  非課税立法の経緯に関する被告の主張について

1 右(三)のとおりわが国で金属マンガンを製造しているのは訴外中央電工及び原告会社のみであり、両社共製造開始以来これにつき、非課税の取扱を受けてきたから、非課税立法を要望する必要性がない。

2 但し原告は昭和四三年自治省税務局に対し金属マンガンの永久的非課税立法を要望したことがあるが、それは右昭和四〇年の期間限定非課税措置の終期が昭和四三年五月末日であり、もし永久的非課税立法がなされないときは、右終期までの間、本訴において、原告が勝訴とならない限り被告は右終期後原告に対し、課税することが確実視され、それにより、原告が一時的にも納税の必要に迫られるおそれがあるからであつて、昭和四〇年以前において金属マンガンが課税物件であつたことを前提にしたものではない。

(五)  関税定率法上の定義に関する被告の主張について

関税は輸入品に対する国内産業保護、輸出促進、国民生活に対する考慮、相手国のわが国に対する措置等税収以外の目的によつて主として決定され、税収目的は従たるものであつて、関税率を定める関税定率法はその目的において通常の税法とは著るしく異なり、同一の法体系ということはできず、右法のフエロアロイの定義は地方税法上の参考にならない。

(六)  日本工業規格及び地方税質疑応答集について

1 金属マンガンを、工業標準化法に基づく日本工業規格はフエロアロイ中に分類し、財団法人地方財務協会発行自治省税務局編「地方税質疑応答集」は合金鉄に包含されるとしている。

2 現実の徴税事務は右1に依拠して執行されている。すなわち、金属マンガンにつき新潟県中頸城郡妙高高原町は後者を根拠に、金属ケイ素につき、長野県塩尻市は後者を、福島県郡山市、同県田村郡小野町、新潟県直江津市は前者を、それぞれ根拠に地方税法四八九条一項二号の合金鉄に該当するものとして非課税の取扱をなし、被告もまた本件賦課処分前は後者を根拠に非課税の取扱をしていたのである。

3 なお自治庁税務局市町村税課長が前者に依拠して地方税法上の合金鉄の解釈をした次の如き実例がある。

昭和二八年五月一五日自治庁市町村税課長は新潟県総務部長に宛てたカルシウム、シリコンに対する電気ガス税についてと題する文書(甲第七号証の六)において、カルシウム、シリコンは工業技術院(通商産業省付属機関)制定の日本工業規格(JIS)においても合金鉄部門に含めているから、地方税法第四八九条一項二号に規定する合金鉄に該当する旨の見解を表明した。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

第一、請求原因について、

その(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

第二、抗弁について、

一、合金鉄の意義

(一)  地方税法四八九条一項二号所定の意義

1 地方税法四八九条一項の趣旨は、重要産業に係る製品の生産コストを低下させて国民経済の利益を図るため、同産業に係る製品中、その生産費に占める電気料金の割合の高いものの生産に直接使用する電気について電気ガス税を課税しないことにある。

2(1)  右の電気料金の割合は概ね五%以上と解するのが相当である。

(2)  〈証拠省略〉によれば昭和三七年一月五日地方税法法案の立案関係当事者である通商産業省企業局長と自治省税務局長の間において電気ガス税の非課税品目についての覚書が取り交わされ、そのなかで重要基幹産業又は新規重要産業に係る製品のうち生産コスト中に占める電気料金の割合が概ね五%以上である品目は新たに追加し、それに満たないものは整理する旨の了解がなされた事実が認められ、これに反ずる証拠はない。

(3)  右(2) の事実は、右(1) の解釈の基礎をなすものである。

3 右1の立法趣旨及び2によれば、地方税法四八九条一項二号の所定の合金鉄は、地方税法上他に特別に解すべき事由がない限り、工業上合金鉄として取扱われその製造に多量の電気を費消するものを指称すると解するのが相当である。

(二)  金属マンガンの性質

一、 〈証拠省略〉によれば次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  金属マンガンは、通常高級特殊鋼製造のための脱酸剤、脱硫剤および磁石鋼、特殊軽合金、銅合金などの各合金成分添加剤として、さらに溶接棒フラツクスや化学薬品、電気接点、化学触媒などにそれぞれ使用されているが、類似の製品であるフエロマンガンよりマンガン分の純度が著るしく高く、コストも割高であるため、同じ製鋼用に用いられるとしてもコストの関係からフエロマンガンと異なり右のように主として、比較的高級な鋼の製造に使用されている。

2  金属マンガンはマンガン鉱を原料として電解槽で電解して製造するため多量の電気を必要とし、生産コストに占める電気料金の割合はほぼ二〇%である。

(三) 工業上の意義

工業上の合金鉄の概念については、鉱工業品の品質の改善生産能率の増進その他生産の合理化、取引の単純公正化及び使用又は消費の合理化を図り、あわせて公共の福祉の増進に寄与することをめざす工業標準化法(昭和二四年六月一日法律第一八五号)の立法目的により、同法に基づいて定められた日本工業規格が最も権威があるものと考えられるところ、〈証拠省略〉によれば日本工業規格はフエロマンガン・フエロシリコン・フエロクロム・シリコンマンガン・スピーゲル・フエロタングステン・フエロモリブデン・フエロバナジウム・フエロチタン・フエロホスホル・金属ケイ素・金属クロム・カルシウムシリコン・シリコンクロム・フエロニツケル・高窒素フエロクロム・フエロボロン・フエロニオフとともに本件の金属マンガンをフエロアロイ(合金鉄の英語従つてフエロアロイと合金鉄は同義語である)に包含している。その用途は、各物質により必らずしも一様ではないが鉄鋼又は非鉄合金製造のための脱酸・脱硫又は合金成分添加剤として使用されている。

(四) 右(二)、(三)によれば、金属マンガンは工業上合金鉄として取扱われ、その製造に多量の電気を消費することが明らかであるから、(一)3に従い、地方税法上、他に特別に解すべき事由がない限り地方税法上の合金鉄に包含されると解すべきである。

二、右一(四)の特別に解すべき事由の存否(抗弁の順序に従う)

(一)  金属学上の定義(抗弁(一))との関連において

1 〈証拠省略〉によれば、日本工業規格(JIS)は金属マンガンの成分を炭素、ケイ素、燐、鉄各〇・〇一%以下、硫黄〇・〇四%以下、マンガン残り全部、金属ケイ素の成分を、その一号がケイ素九八・〇%以上、炭素〇・一〇%以下、燐、硫黄各〇・〇五%以下、鉄〇・七%以下、その二号がケイ素九七・〇%以上、炭素〇・一〇%以下、燐、硫黄各〇・〇五%以下、鉄一・〇%以下、金属クロムの成分を、クロム九九・〇%以上、炭素〇・〇四%以下、ケイ素〇・二%以下、燐、硫黄、鉄各〇・〇五%以下、アルミニウム〇・三%以下、又は全体として燐〇・〇二%以下と規定していることが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、これらの金属は、鉄分の含有量が極めて少量であるのみならず、その主体となる金属以外のものは何%以下と規定されているから、仮に工業技術の発展によつて純度一〇〇%のものが精錬されることになつたとしても、それはフエロアロイに包含されることになり、従つて工業上は鉄分を相当に含有せず、かつ合金でないものもフエロアロイとされることになる。

2 地方税法四八九条一項二号は合金鉄の製造を問題としているから、工業上の取扱のみを問題とすれば足り、厳密な金属学上の定義には関わりを持たない。従つて工業上右のように解して差支えない以上、地方税法上特に合金鉄とは鉄分を多量に含有する合金でなければならないと狭く解する必要はない。

3 従つて、金属学上の定義をもつて右一(四)の特別に解すべき事由が存在するものとは言えない。

(二)  地方税法の変遷(抗弁(二))との関連において

1 右法律改正の経過

(1)  地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)四八九条一頂二号は、合金鉄を、銑鉄、鋼[金鬼]、鋼材、鋳鍛鋼、可鍛鋳鉄とともに電気ガス税のいわゆる永久非課税品目に指定した。

(2)  昭和四〇年三月三一日法律第三五号による、同法の改正により、合金鉄は、同法四八九条一項二号で、そのまま永久非課税品目とされたが、金属マンガンは同条二項五号で三年間の期間を限定し非課税品目に指定された。

(3)  昭和四三年三月三〇日法律第四号による同法の改正により、合金鉄(同法四八九条一項二号)及び金属マンガン(同条同項九号の四)のいずれも永久非課税品目に指定された。

2 右1に基づく解釈

(1)  右1(2) (3) の如く昭和四〇年以降金属マンガンが合金鉄に包含されない旨の規定が地方税法に導入されたことに鑑み、それ以前(右1(1) を指す)の法律は右1(2) (3) と同一の明文化を欠いたのみで実質上はこれと同趣旨に解すべきであるとの見解(被告の主張するところである)も成立する余地はあるが、新設された法条の存在により特段の事由もなく、直ちに明文化されていないそれ以前における法解釈につき演繹をすることは慎重でなければならない(本件においては右特段の事情は認め難い)上、右1(1) の立法においては金属マンガンは合金鉄に包含され1(2) の立法によりそれ以後はじめて金属マンガンは合金鉄に包含されなくなつたものとの解釈も可能である。

(2)  右(1) によると、右法律改正の経過をもつて右一(四)の特別に解すべき事由が存在するものとは言えない。

(三)  金属マンガン製造開始の時期(抗弁(三))との関連において

1 右主張を敷衍すると昭和二五年地方税法が施行当時、製造されていない金属マンガンに課税非課税いずれの措置もとりえない、ということに帰着する。

2 右1の見解に従えば、地方税法が施行された昭和二五年当時、現に製造されている製品についてのみ課税ができ、産業の発展等によつてその後新たに開発製造されるに至つた類似の製品に係る電気についての電気ガス税を課税しえないという結論が導かれ、斯様な解釈が法律的に妥当でないことは論をまたない。

3 右2によると、右1の主張は、それ自体失当であり、従つて右一、(四)の特別に解すべき事由が存在するものとは言えない。

(四)  三年間の期間限定非課税措置立法の経緯(抗弁(四))との関連において

1 〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(1)  昭昭和三七年頃より日本鉱業協会から通産省に対し、金属マンガンの製造に使用する電気について非課税措置化の要望がなされたので同省は自治省に対し、同年以来毎年金属マンガンの非課税措置を要望した。

(2)  通産省鉱山局が昭和三九年九月自治省税務局に提出した電気ガス税非課税品目追加要望品目説明資料には、金属マンガン製造についての電気ガス税は原告は、昭和三八年度実績八四七万円、昭和三九年度推定八九六万、昭和四〇年度見込九三一万円、訴外中央電工は昭和三八年度実績二七三万円、昭和三九年度推定二九四万円、昭和四〇年度見込三一五万円である旨の各記載がある。

(3)  日本鉱業協会発行雑誌「鉱山」の昭和三九年七月号五〇頁の電気ガス税と題する項には、金属鉱業関係としては、電解マンガン並びに石膏を非課税品目として要望してきたが、その必要性は認めながら財源の関係から見送られた旨の記載、昭和四〇年七月号四六頁の電気ガス税と題する項には、当業界としては、昭和四〇年度電気ガス税非課税追加品目として、電解マンガン(電解金属マンガン)、電解二酸化マンガン並びに石膏を要望した結果、電解マンガンについては昭和四〇年六月一日から三年間に限り非課税扱いとされることが決定した旨の各記載がある。

(4)  わが国で金属マンガンを製造しているのは訴外中央電工(製造開始昭和二六年頃)及び原告(製造開始昭和二七年頃)のみであり、被告は、本件賦課に至るまで、金属マンガンは合金鉄に含まれるものとして、これを非課税扱としており、原告が昭和四二年に至り始めて本件課税処分を受けるまで、右両社とも製造開始以来金属マンガン製造に使用する電気について電気ガス税が課されなかつた。

2 右1の事実に基づく判断

(1)  一般に、ある税について長期にわたり、非課税の取扱を受けている者が相当の根拠をもつてその取扱が、税法上適法な措置であると思料している場合、新たに課税立法措置の動き等特別の事情がない限りその品目につき改めて非課税立法の措置を要望することのないことは経験則上明白であると解されるころ、本件において昭和三七年以降右特別の事情が存在したことを認めるに足る証拠はない。

(2)  右(1) によると、右1(1) の要望、同(2) の記載、同(3) の記事は、いずれも、その当事者が金属マンガンについて実態の調査をせず現実に課税されているとの誤認に基づき、同(4) の二社と無関係になされたものであると推定するのが相当である。

(3)  右(2) によると、右1(1) ないし(3) の事実は昭和四〇年以前金属マンガン製造に使用する電気が、電気ガス税の課税対象であつたと推認する資料とはなし難く、従つて右事実をもつて右一、(四)の特別に解すべき事由が存在するものとは言えない。

(五)  関税定率法、日本標準商品分類上の定義(抗弁(五))との関連において

1(1)  関税定率法上、金属マンガンは、同表別表関税率表第七三類のフエロアロイではなく、同表第八一類の卑金属に該当せしめており、他方工業上の標準として権威のある日本工業規格は、金属マンガンをフエロアロイに包含している。

(2)  一般に同一法体系の下では特別の理由のない限り同一法律用語は同一意義に解すべきであるとする原則が働くところ、右(1) の日本工業規格は右関税定率法上の定めに対し、所謂特別の理由に該当するものと考えるのが相当であり、従つて右関税定率法上の定義のみをもつてして金属マンガンが合金鉄に包含されるものでないと結論づけることはできない。

2(1)  日本標準商品分類は金属マンガンをフエロアロイ類似品に分類し、フエロアロイには分類していない。

(2)  〈証拠省略〉によれば同分類は各種の統計調査の目的に資するため、統計技術上の観点から制定されたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

従つて同分類は地方税法の解釈に直接結びつくものではないことが明らかである。

3 右1(2) 、2(2) によると、1(1) 、2(1) をもつて一(四)の特別に解すべき事由が存在するものとは言えない。

(六)  地方税質疑応答集等(抗弁(六)及び事実欄四、(六))との関連において

1 〈証拠省略〉によると、事実欄四(六)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2 しかし、本件では金属マンガンが地方税法上の合金鉄に包含されるか否かという命題の下に右地方税質疑応答集、1の関係市町村(山形市を除く)の徴税実務及び自治庁市町村税課長の見解の正否をも間接的には審査の対象とするのであるから、それらは右命題の判断の資料とはならない。

三、結論

(一)  右二(一)ないし(六)によると、本件当事者の主張の範囲において一(四)の地方税法上特別に解すべき事由は存在せず、かつ本件全証拠によるも右主張の範囲外においても右の事由を認定することはできない。

(二)  従つて金属マンガンは地方税法四八九条一項二号の非課税物件たる合金鉄に該当すると解すべきであり、抗弁は失当である。

第三、総合判断

一、右第一、第二によると、被告のなした本件賦課は法律の適用を誤つた違法があり取消を免れない。

二、付言する。

(一)  前提事実

電気ガス税は、昭和二五年七月地方税法の制定により市町村税となり、同法四八九条一項二号で合金鉄が永久非課税品目として規定されたこと(右第二、二、(二)1(1) )、原告はその山形工場において昭和二七年八月から金属マンガンを製造しているが、これに対し、山形市は昭和四〇年法律第三五号による地方税法改正前は自治省の指導等により金属マンガンが合金鉄に該当するものとして非課税扱いをしていたこと(右第二、二、四1(4) )、地方税法は昭和四〇年法律第三五号による改正によりその四八九条二項五号に、新たに三年間の期限をつけて非課税物件として「金属マンガン(電解法によるものに限る)」と追加規定したこと(右第二、二(二)1(2) )から山形市は昭和四二年に至り自治省事務官の指示に基づきはじめて本件賦課をなしたこと(右第一)はいずれも前記認定のとおりである。

(二)  判断

1 仮に金属マンガンが合金鉄に含まれないとしても、右(一)の経緯により約一五年間金属マンガンを非課税とした山形市の措置は、合金鉄は金属マンガンを含むとする一種の法的状態に類する事実状態を作出したものであり、これにより原告に対し同旨の内容の信頼を付与したものと言うべきである。

2 本件賦課は、右1の事実状態と信頼を破壊し、長年培われた平地に波乱を生ぜしめるもので著るしく原告の利益を損うものであるから、その決定は、合理的理由に基づき、かつ、慎重になされなければならず、これを欠く場合は信義則上違法であると解さなければならない。

3 本件賦課は右(一)の如く昭和四〇年の法律改正と自治省事務官の法律解釈に基づいた指示に依拠したもので、合理的な理由も存せず、慎重な配慮に欠けている。

4 右3によると、本件賦課は右2の信義則に背反しているものと認めるのが相当であり、違法たるを免れず、従つてこの点から見ても本件賦課は取消を免れない。

第四、結論

よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤巻昇 伊藤俊光 三浦宏一)

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